房総半島の海岸を歩く No.28 【千葉探訪】"秘境絶景・釣師海岸 ママ岬~伝説七十五座漂着の地(釣師海岸)~ひょうたん堰(漁師道)" #shorts
NO.28は、ママ岬~伝説 七十五座漂着の地~釣師海岸~ひょうたん堰 までをご案内します。
ママ岬から堤防上を歩き荒熊神社に向います。
波穏やかな日は、この堤防は好釣り場になっているようです。
荒熊神社前で子供達と合流し「伝説 七十五座漂着の地」(釣師海岸)に向います。
左は、Ship Rock Point(ゲストハウス)
ゲストハウスの南側に、釣師海岸展望所があります。
・釣師海岸
釣師海岸一帯の海蝕崖は、高さ60メートル程のほぼ垂直に切り立った断崖です。その崖面は、横縞模様の層理が鮮やかであり、南房総国定公園の特別保護地区になっています。
・伝説七十五座漂着の地
旧大原町岩船海岸には、大しけにあった七十五座の神々が、漂流してこの地に上陸したという古い言い伝えがある。この伝説は、旧大原町布施大寺の三上家に伝わる古文書や岩船地蔵尊の縁起におおよそ次のように伝えられている。いまからおよそ700年前、後宇多院の健治元年(1275年)9月、中納言の藤原兼貞が、3隻の船で大海を航行中、たまたま台風に出合った。はげしい波風に翻弄されたが不思議なことに、竜宮浄土に漂着した。やがて竜門を出て、再び海上に浮かび、数十日後に岩船海岸に流れ着いた。このとき12人は船中で死んだが、残りの63人は地元漁師に助けられ、粥などの食べ物で手厚くもてなされた。波風が静まると、奇瑞(めでたいふしぎなしるし)が現れて、人びとの乗ってきた船はたちまち消え、その姿が大きな岩に変わった。村びとは、こうした不思議な出来事により、流れ着いた人びとを神に祭るようになった。その後、海岸に流れついた人びとは、布施の大寺地区に移り、ここに安住したという。ところで、この七十五座の神々の流れついたところは、いまの釣師、三十根の浜であるといい、船が岩に変わった奇岩を人びとは「御船岩」と呼んでいる。また、岩船地蔵尊の本尊も、このとき、これらの神々と漂着し、この海岸に同じときに出現したと伝えられている。こうした伝承により、岩船地区では、この七十五座の神々に供応する神事が昔からつづいている。秋祭りの初日、氏子はきまって新米のご飯とまる餅、それに地元でとれたヒジキ、生ナス、カツオブシを神社に持ちよる。そしてこれらを七十五の白木のお膳と椀に盛って神前に供える。このとき、船中で亡くなった12人のお膳にはカツオブシはつけない。こうした神事が終わると、はじめて御輿の渡御を行う。また、岩船の地名は、人によりいろいろにいわれているが、この地域は七十五座の神々が漂着する前は、「小千谷村」といっていたが、神々の漂着伝承(船が岩に変わった)によって「岩船村」と改めたという説。また、この村の近海は、昔から豊かな漁場であったので、大漁と深いかかわりのある「祝船」が語源であろうという説もある。更に、昔、東国にはびこった蝦夷を防ぐためこの地区に、とりで「盤船柵」があったということから、地名がおこったという説もある。
(注意)「大原町史より」
ママ岬から堤防上を歩き荒熊神社に向います。
波穏やかな日は、この堤防は好釣り場になっているようです。
荒熊神社前で子供達と合流し「伝説 七十五座漂着の地」(釣師海岸)に向います。
左は、Ship Rock Point(ゲストハウス)
ゲストハウスの南側に、釣師海岸展望所があります。
・釣師海岸
釣師海岸一帯の海蝕崖は、高さ60メートル程のほぼ垂直に切り立った断崖です。その崖面は、横縞模様の層理が鮮やかであり、南房総国定公園の特別保護地区になっています。
・伝説七十五座漂着の地
旧大原町岩船海岸には、大しけにあった七十五座の神々が、漂流してこの地に上陸したという古い言い伝えがある。この伝説は、旧大原町布施大寺の三上家に伝わる古文書や岩船地蔵尊の縁起におおよそ次のように伝えられている。いまからおよそ700年前、後宇多院の健治元年(1275年)9月、中納言の藤原兼貞が、3隻の船で大海を航行中、たまたま台風に出合った。はげしい波風に翻弄されたが不思議なことに、竜宮浄土に漂着した。やがて竜門を出て、再び海上に浮かび、数十日後に岩船海岸に流れ着いた。このとき12人は船中で死んだが、残りの63人は地元漁師に助けられ、粥などの食べ物で手厚くもてなされた。波風が静まると、奇瑞(めでたいふしぎなしるし)が現れて、人びとの乗ってきた船はたちまち消え、その姿が大きな岩に変わった。村びとは、こうした不思議な出来事により、流れ着いた人びとを神に祭るようになった。その後、海岸に流れついた人びとは、布施の大寺地区に移り、ここに安住したという。ところで、この七十五座の神々の流れついたところは、いまの釣師、三十根の浜であるといい、船が岩に変わった奇岩を人びとは「御船岩」と呼んでいる。また、岩船地蔵尊の本尊も、このとき、これらの神々と漂着し、この海岸に同じときに出現したと伝えられている。こうした伝承により、岩船地区では、この七十五座の神々に供応する神事が昔からつづいている。秋祭りの初日、氏子はきまって新米のご飯とまる餅、それに地元でとれたヒジキ、生ナス、カツオブシを神社に持ちよる。そしてこれらを七十五の白木のお膳と椀に盛って神前に供える。このとき、船中で亡くなった12人のお膳にはカツオブシはつけない。こうした神事が終わると、はじめて御輿の渡御を行う。また、岩船の地名は、人によりいろいろにいわれているが、この地域は七十五座の神々が漂着する前は、「小千谷村」といっていたが、神々の漂着伝承(船が岩に変わった)によって「岩船村」と改めたという説。また、この村の近海は、昔から豊かな漁場であったので、大漁と深いかかわりのある「祝船」が語源であろうという説もある。更に、昔、東国にはびこった蝦夷を防ぐためこの地区に、とりで「盤船柵」があったということから、地名がおこったという説もある。
(注意)「大原町史より」
次は、ひょうたん堰に向います。
釣師海岸に行くことができたトンネルは、現在は通行禁止です。
・釣師トンネル
1981年3月施工 延長60m 幅員5.5m 高さ4.5m
・ひょうたん堰
断崖を背負う地形が神秘すぎる里池です。
海岸からわずか200mの里池。とはいっても海との間は屏風のような断崖が隔てる。
海に近い池はなぜか神秘的な池が多いが、ここもまたどこか地の気がすごい。
ひょうたん堰は、千葉県夷隅市にあるため池です。その名の通り、上空から見ると、ひょうたんのような形をしています。ひょうたん堰は、ブラックバス釣りを楽しめる人気のスポットです。池は比較的大きく、バスの数は豊富のようです。
堰の西側ある遊歩道?(漁師道)を海岸方面に向かって歩きました。
地面には、猪が荒らしたと思われる窪地がいくつもありました。
海岸近くになると海岸に行けるトンネルがありました。この先は、釣師海岸または長浜海岸と思われます。足元が滑りやすいので、ここで引き返しました。
行くときには、気付かなかった不明の社?がありました。これは水系の神を祀っていると思われます。猪に遭遇することなく無事に戻ることができました。
房総半島の海岸を歩くNO.28 は、これで終わります。


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